カクマから救出

UNHCRがカクマキャンプに置き去りにしたLGBTI難民6人をわたしたちは、またナイロビへ運びました。

なぜ、登録してあったのに、一部の人たちを置き去りにしたのか、今もって不明です。

今回は、途中で検問にひっかかってしまい、全員一時的に逮捕されました。そこで、ケニア用語でいうmilk and water を支払い、釈放してもらいました。

6人は、ナイロビに到着したのですが、6人中一人のブルンジ人レズビアンが、街中で警察に質問され、LGBTIから来たと言ってしまい、再び逮捕されました。ウガンダ人の5人は打合せ通り、学校へ行くと答え、逮捕されませんでした。

ブルンジ人なので、英語が苦手で、打合せを理解していなかったのです。

5人は先にナイロビUNHCRに到着し、名前の確認が終わりました。

わたしと、エリザベスは、その後も逮捕されたブルンジ人の子の救出を思案していました。

警察は、一旦、彼女を赤十字に預け、そこからカクマにまた戻すことを決めました。わたしは、それでも、長期間の拘留にならず、ほっとしたのですが、エリザベスはあきらめませんでした。

赤十字から出てきたところで、赤十字職員に、”milk and water”をわたして、彼女を解放してもらうというのです。

エリザベスも名前を知られてしまうと、逮捕されてしまうので、危険な掛けでした。

わたしは、祈るしかありませんでした。でも、彼女は、成功し、ブルンジ人の子を無事にナイロビUNHCRに連れて行くことができました。
今回は、ウガンダ人レズビアン4人、ゲイ一人、ブルンジ人レズビアン一人をナイロビUNHCRで再登録させることに成功しました。

彼女たちは、元カクマで、粉ミルクを支援していた子供たちの母親のマリアンとローズの家に泊まっています。母親たちは、HIASの給付金を受けられたのですが、それでは足りず、支援しています。

 

 

次の写真はエリザベスと、カクマから呼んだ子たちがナイロビUNHCR前で再開できた写真です。エリザベスは、UNHCR下のtransit centerに住んでいた、許可なく外出が許されないのですが、病院に行くといい、ボダボダ(バイクタクシー)でUNHCRに一人で迎えに行きました。
カクマから来た彼女たちは、予定より二日遅れたので、二日間絶食状態でした。さっそく、路上でパンとジュースを分かち合えました。